テンペスト魔女 SS『なんでもない夜に』

※この記事は『even if TEMPEST 宵闇にかく語りき魔女』のネタバレを含みます

 

 休日前夜。ヒストリカで人気の酒場『夜猫亭』は、ラストオーダーが近づいてもなお静まる気配はない。
 1人の男が席を立った。連れの意識が自分からそれたのを見計らって、混雑する前に支払いを済ませようと動いたのだ。なんてスマートで気前がいいのだろうと女性店員の好感度は上がるが、その振る舞いに隠された真意をゼンは見逃さなかった。
「てめぇ、オレに酔っ払い押しつけてそのまま帰る気じゃねぇだろうな……?」
「あ、バレたか。あはは」
「あはは、じゃねぇよ! 今日は逃がさねぇからな」
 支払いはきっちり3等分。
 酔っ払いの対応も等分……とはいかない。決まって面倒見のいいゼンがティレルを背負うことになる。
 それなら自分はいてもいなくても労力に変わりはないだろうとクライオスは思うが、必ず引き留められてしまう。いつまでたっても己の限界が分からない愚かな酔っ払いは見捨てていきたいところだが、この一匹狼のような友人に話し相手として付き添いを求められるのは悪い気がしない。
「いつも思うんだが、なぜコイツは潰れるまで呑むだろうな。特別弱いわけでもないのに」
「知らん」
「俺たちといる時だけこうなのか、1人の時でもここまで呑むのか。後者なら禁酒を勧めた方がいいかもしれない」
「……そういうお前はどうなんだ」
「え? 俺はお前たちといる時しか呑まないよ。確認はしてないが、コイツよりも肝臓の色はいいと思う」
 ゼンはクライオスに無言で鋭い視線を向ける。彼が分からないふりをして誤魔化そうとしているのが、透けて見えたからだ。
「まぁ、ぼちぼちといったところだ」
 クライオスは肩をすくめて答える。言葉は続かない。つまり何の進展もないということだろう。それだけ分かると、ゼンも深くは追求しなかった。
「こないだお前のこと調べてくれって依頼が来たぞ。オレがお前とつるんでるの知ってのことだろうが」
「へぇ。何が知りたくて?」
「趣味、嗜好、交友関係、女の好み……」
「そのくらい、わざわざ探偵に依頼しなくても聞いてくれれば答えるのに」
 ゼンは顔をしかめる。
「お前のその態度が良くないんだ。誰彼かまわずいい顔すんな。親切はほどほどにしろ」
「別に、特別いい顔も親切にもしてないんだが」
「顔の良さも親切も、生まれもってのものってか」
「そうそう。良いものを悪く見せる方法は、残念ながら教わっていない」
 クライオスは微笑む。貴族らしく常に紳士的に、如才なく振る舞う。それが彼の受けてきた教育の成果なのだろうが、この男の場合は被害者を増やしているようにしか見えない。純度の高い宝石のような微笑を、無自覚に―時には自覚的に―タダ同然で売りさばく行為を、罪作りといわず何というのか。
「で、依頼は受けたのか?」
「ンなわけねぇだろ。ダチをネタにするほど、腐っちゃいねぇ。散々悪態つかれたけどな。冷たいだの恋する乙女の気持ちが分からないだの。分かってたまるか!」
「あはは、迷惑をかけたな。……けど、その依頼人も見る目がない。本当に優しい人間というのは、ゼンのような男のことを言うのに」
 クライオスは朗々とした話し方を止め、隣の男にだけ聞こえるように語る。
「俺が間違ったことを言えば正してくれるし、悪ふざけに乗ったり、大抵のワガママも聞いてくれる。まるで年上の相手と話しているような気分になるよ。まぁ実際、歩んできた歳月は俺よりもずっと長いわけだが」
 クライオスはゼンを真っ直ぐ見つめた。
「きっとティレルも同じ気持ちだろう。お前にはいつも感謝してるよ」
 真摯な謝意に、ゼンは思わずうろたえる。
 けれどそれも一瞬のことだった。
「そうやっておだててオレを良い気分にして、自分だけ帰ろうとしてんだろ?」
「だってこの先、長い階段があるだろう……?」
「この野郎!」
「あはは! 冗談だよ。付き合う付き合う」

 

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even if TEMPEST 宵闇にかく語りき魔女

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